1961年に描かれた21世紀社会

 現在、このブログでもお知らせした「若者が描く未来社会のグランドデザイン」というソーシャルデザインに関する主催ワークショップの準備を進めています(まだ参加者募集中です!)。



 その中で、朝日新聞1961年1月1日に掲載された「これからの世界」というタイトルのイラストを眺めています。50年ばかし前に、どのような未来社会のグランドデザインが夢見られていたのかがよく分かります。見事なまでに、科学技術の発達を通じた物質的な豊かさのみが示されています。



 しかし、公害問題や「政治の季節」も未経験で高度経済成長まっしぐらのこの当時の「バラ色の未来像」を「なんて物質的な…」と軽々に批判できないなとふと自分の経験に照らして思います。



 学部時代はメディア論や情報社会論にも、かなり大きな関心を寄せていたのですが、80年代末〜90年代にかけては「通信と放送の融合」などのスローガンを看板に、「ニューメディア」や「I(C)T」などの高度情報技術が発達すれば世の中は良くなる、といったかなり素朴な技術決定論の言説が飛び交ったものです。



 そうした技術決定論的な言説が繰り広げられた(られている)状況もまた踏まえれば、常に私たちは自らの未来を「私たち」の間の関係性から生じる変化ではなく、科学技術という外からの影響/変化によって規定されるもの/できるものとして捉えてきたのだと言えるかもしれません。もちろん、全部が全部そうだなどと断言はできませんが。



 ニューエイジではないですが、一見しただけでは分からないような、私たちの「内(間)」にある関係性やコミュニケーションをめぐる小さな、でも確かな、そんな変化から未来社会の変革を構想してみたいものです。



 自分の研究テーマの柱となっている「公共圏のコミュニケーション」について、ハーバーマスが「コミュニケーション的行為」という概念で対話のありようを提起したところに僕が興味を持ったのは、そうした問題意識が深部にあるからなんでしょう。



 せいぜい30年弱の経験ですが、自身のこれまでをじっくりと振り返って、今回のワークショップには臨みたいものです。そう思いました。